考えすぎるアオの人生考察メディア

余計なことで悩むのは、ただ暇なだけかもしれない

どうも、宿をつくってるAOです。

「悩まない 方法」「考えすぎ やめたい」。一度くらい、検索したことありますか?私はめっちゃあります。何回同じこと検索するねんとまたそれに考えすぎたり。

私は考えすぎる類の人間です。むしろ考えすぎることを、自分の長所みたいに思っているところすらある。だから「悩まない心をつくりましょう」みたいな話をするつもりは、まったくないんです。

ただ、「考える」ことと「余計なことで悩む」ことは、別物なんじゃないかと最近は思う。今日はその話をします。

お金がない!

正直にいうと残高を見ると、思わず笑ってしまうほどお金がない。貯金ゼロから宿をやると決めた人間なので、数字を見るたびに現在地を突きつけられます。ほんとにお金ないな~笑。ってよくなっています。

宿の仕事をしていても、疲れが溜まってくると妙に焦ってしまう。「自分が今やっていることは、本当に正しいのかな」って。経験を積みたいからこそ能動的に動くことも多いので、あの対応でよかったかな、自分の熱量が誰かを不快にさせていなかったかな、って、もう終わったことをぐるぐる考えてしまう。

「この道で、この進み方でいいのかな」。どれだけ考えても、どれだけ紙に書いて整理しても、また同じ問いが戻ってくる日がある。

その時思う。たぶん、私は暇なんだわ。

こういう「考えても仕方のないこと」に脳を全部持っていかれているとき、たぶん暇なんです。

手も頭も本当に動いているときって、余計なことを悩んでいる余裕がない。目の前のことで精一杯だから。逆に、終わったことや、まだ来てもいない不安に思考を奪われているときは、脳にスキマがあるということなんですよね。

だから最近は、そういう自分に気づいたら「あ、今、暇なんだな」と思うことにしています。それだけで、切り替えられることがある。深刻な悩みだと思っていたものが、ただの手持ち無沙汰だったと分かる。

叶えた後が、スタート地点だとしたら

今はなんとか自分の宿を開業したい気持ちで毎日頑張っているけど、オープンできた時にようやくスタート地点に立つことになる。だけどそこに立つまでに越えないといけないものが、まだ山ほどある。

お金のことも、宿そのもののことも、それだけじゃなくて、自分の家族をつくったり、人生を組み立てていくことも、全部これから。やりたいことの隣に、やっておきたいことがずらっと並んでいる。それを一気に見渡すと、そりゃ焦るし、不安にもなる。「この進み方でいいのか」って悩むのも、当たり前かと思えてきました。

まだスタート地点にも立っていない。道の途中を歩いている最中なんだから、迷って当然だなと。

それでも切り替えられない日は

とはいえ、「暇なんだな」で毎回切り替えられるほど、毎回シンプルに悩んでいるわけではない。どうしても抜けられない日もある。

そういうときは、とことん紙に書きます。今、自分の脳のリソースを奪っているものは何なのか。ひとつずつ書き出して、これは考える意味があること、これは考えても仕方のないこと、と仕分けていく。頭の中でぐるぐるしているうちは無限に大きく見えていたものが、紙の上に並べると要るものといらないものに仕分けられて、より客観的に考えれるし、いらないものを捨てられます。

たぶん、悩みそのものをなくすことはできないんだと思う。考えすぎる性分も、きっと一生このまま。

でも、「これは考える価値のあること」と「ただ暇で悩んでいるだけのこと」を、少しずつ見分けられるようになってきた気はしています。それだけでも、前より少し歩きやすくなった。道の途中なりに。

AOでした。