
どうも、また考えてたAOです。
2026年のワールドカップが開幕し、日本はオランダ相手に二度追いついて引き分け、続くチュニジア戦では4-0で快勝したという非常にドラマティックな展開になっていますね!
強豪オランダから取った価値ある勝ち点1と、大勝でつかんだ勢い。グループ突破へ大きく前進して、日本中が沸いた数日間だった。
今回、私が記事にしたいのは、勝った負けたそのものじゃない。あの数日間、日本中に同じタイミングで広がった「日本人でよかったな」という空気のほうだ。
オランダ戦の、あの会見がぐっときた

引っかかったのは、森保監督の会見でした。
二度追いついて引き分けた試合のあと。会見が締められそうになったところで、監督は自分から話を引き取って、わざわざオランダに感謝を伝えはじめたところ。
自分が選手だった頃にオランダ人コーチに育てられたこと。今の日本サッカーがあるのは、あの国の指導者たちのおかげだということ。
勝負の直後に、相手へ頭を下げる。
それを見て、私は「あ、日本人っていいな」と素直に思いました。気遣いとか、おもてなしとか、礼儀正しさとか。普段はうまく言葉にできないけれど、ああいう瞬間に、それがふっと形になって見える気がする。
自国を誇るのが、なぜか少し恥ずかしい国民性
ちょっと偏見もある話ですが、世間にはどこか「日本なんて」と斜に構えるのが当たり前みたいな空気があって、私もそれに、無意識にブレーキを踏んでいる気がする。
たぶん、これは私だけじゃない。自国を誇ると口にした瞬間、なんだか危うい人みたいに見られるんじゃないか——そういう怖さが、この国にはうっすら漂っている。だからみんな、小声になる。
チュニジア戦と、他の国の堂々とした横顔
続くチュニジア戦は4-0の快勝。ちょうどワールドカップ通算1000試合目という節目の試合で、上田綺世が2得点を決めた。
その前日の会見では、ブラジル人記者から「サポーターのゴミ拾いや、選手のロッカー片付けは何なのか」と問われた森保監督が、あれは日本が世界に誇れる文化なんだ、と胸を張って答えていました。来た時よりも美しく、という言葉を、多くの日本人が知っているはずだ、と。
他の国では、堂々と自分の国を愛している印象がある。日本人は、それがすごくダメなことのように扱うことがあるように感じている。
でも、スポーツはその空気を一瞬で溶かしてくれるな、と試合をみながら思いました。
代表が活躍した夜だけは、日本中が同じタイミングで「日本人でよかった」が広がっていく。
自国を誇れる夜が、日本中に広がるのはいいことだ
あれはナショナリズムなんていう難しい話じゃなくて、もっと素直で、温かい感情なんじゃないかと思っている。
普段は「日本なんて」と言いがちな国が、スポーツのときだけ、みんなが一斉に素直になる。北から南まで、同じ夜に同じ気持ちで誇らしくなれる。それって、すごくいいことなんじゃないか。私は、あの瞬間が結構好きだ。
もちろん、ゴミ拾いを「偽善だ」と冷笑する声もあった。でも、せっかく国中が誇らしい気持ちになれている瞬間を、わざわざ粗探しして濁す必要はないと思う。
そういう夜は、もっとたくさんあっていい。少なくとも今夜くらいは、素直に、日本人でよかったと思ってみてもいいんじゃないか。
頑張れニッポンー!
また考えてたAOでした。

